平田オリザさんと、春名風花さんの対談 「作家LIVE」についてのレポです。

スタッフの竹森です。

12月19日、平田オリザさんと春名風花さんの対談の抽選に当選して行ってきました!!

テーマは「ネット時代の対話の限界と可能性」

お二人ともものすごく高度な対談で、めちゃくちゃ面白かったよ!!

<目次>
・お二人のプロフィール
・ワークショップと目的
・中にいる人と外にいる人の発想
・ワークショップの感想
・春名風花さんの「僕」という一人称について
・いじめとキャラクターとコミュニケーションについての話
・キャラクターの固定化について
・コミュニケ―ションをどう学ぶか。
・いじめと演劇教育について
・フィクション性と議論について
・演劇教育のために日本に必要なもの
・演劇教育の難しい部分
・演劇教育をするうえで、日本に足りない部分
・ネット世界とのかかわり方について
・いじめの話と舞台の折り合いについての関連性
・演劇と学力について
・質疑応答

・お二人のプロフィール

改めて、対談するお二人のプロフィールです。

春名風花さんプロフィール

春名 風花(はるな ふうか)は、日本の女優、元子役、タレント、声優。愛称は、はるかぜちゃん プロダクション・エース所属

3歳で携帯電話を買い与えられてブログを書くようになり、当時の所属事務所クレヨンでのブログも自分で更新していたという。

春名風花 wikiより

春名風花 twitter

プロダクションエース

 

平田オリザさん

平田 オリザ(ひらた オリザ、男性、1962年11月8日 – )は日本の劇作家、演出家。劇団「青年団」主宰、こまばアゴラ劇場支配人。戯曲の代表作に『東京ノート』『ソウル市民』三部作など。小説『幕が上がる』は2015年に映画化され、第70回毎日映画コンクール(TSUTAYA映画ファン賞日本映画部門)などを受賞。

現代口語演劇理論の提唱者であり、自然な会話とやりとりで進行していく「静かな演劇」の作劇術を定着させた。戯曲集のほか『現代口語演劇のために』など理論的な著書も多い。

平田オリザ wikipediaより

平田オリザFacebook

・ワークショップと目的

対談開始前にまずはワークショップ。ということで、平田オリザさんからスタート。

前列に座っている20名の方が参加。僕もばっちり混ざっていました。なんと、対談相手である春名風花さんも参加する豪華なワークショップ!

平田オリザさん「今から質問をするので、質問の答えが同じ人を動き回って集めてください。」

ということで、最初は好きな色、次に好きな果物、行ってみたい国、ベルギーで連想するものなど、答えが一緒の人を探してめちゃくちゃ動き回る!!

何回かゲームをやってくと、「赤!!」「りんごの人こっちです!!」「オーストラリアはどこですか」と、声がガンガンでるようになるし、みんなどんどん動きます。

ワークショップが終わると平田オリザさんから、このワークショップの目的を教えてもらいました。

平田オリザさん「このワークショップは、初対面の方同士でも、何かの共通点が見つかると、話すきっかけになります。また、学校で行なうとき、好きな色じゃなくても、国で連想して、出てきたものを、”何故それを選んだか”という議題にすれば、歴史の勉強だったり、地理の勉強などの授業内容との連動につながったりすると思います」

簡単なワークショップだと思っていましたが、ものすごく深い・・・。

平田オリザさんいわく、このワークショップ行なうときに大変なのは中学一年生で、なぜなら、演劇の授業が無いので、慣れてない演劇を行なうときに恥ずかしさがでてしまう。実はいろいろな国で演劇の授業が取り入れられているけど、日本は演劇の授業がないそうです。

平田オリザさん「ワークショップをやると、相談しはじめちゃうんです。”好きな物?りんごでいいよリンゴで”みたいにね。だから、名前の頭文字や、生まれた月を使ったりします。生まれた月だったら”2月でいいよ2月で”みたいに相談できないですからね(笑)」

その後、平田オリザさんのお話で、上手なワークショップはコンテクストベースから、パーソナルベースへ移行するときのグラデーションがとても上手という話をしていました。

コンテクストとは

文脈」に同じ。「コンテクストから判断する」

文章の流れの中にある意味内容のつながりぐあい。多くは、文と文の論理的関係、語と語の意味的関連の中にある。文章の筋道。文の脈絡。コンテクスト。「文脈で語の意味も変わる」「文脈をたどる」

パーソナルとは

① 一個人に関するさま。個人的であるさま。 「これは-な問題だ」

つまり、最初に行ったワークショップは、初めはルールを知ってもらうために、「好きな色」、「好きな食べ物」などの簡単な質問を行ったそうです。その後に、ほとんどの国に行ったことがある平田オリザさんが共通話題になる「行きたいと思う国」という質問を投げます。そうすることで、質問に答えた人と平田オリザさんが一対一で話せる話題ができて、より密接な関係を作りやすい。この誘導がさりげなくできるワークショップがいいワークショップということみたいです。さらにこのワークショップ、観光にも関係していました。

・中にいる人と外にいる人の発想

ワークショップ内で、ベルギーについて連想してもらうと、「ワッフル」「チョコ」が多かった。では、ベルギーの方の連想した1位は、なんと「フライドポテト」

理由は、ベルギーのあちこちにフライドポテトチェーン店があるから。

これが中と外の違いと平田オリザさんは言っていました。

では、「日本」といって海外の人が連想するものは?着物?忍者?富士山?アニメ?答えは寿司。二番目がテクノロジーだそうです。

平田オリザさん「観光やおもてなしといっても、海外の人が何を期待しているかを知っていないと、おもてなしじゃなくなってしまうんです。

外から見たもの、中から見たものには大きな差があること。そして、その差を埋めたり、正しく知る必要があることを平田オリザさんは具体例を交えながら言っていました。

・ワークショップの感想

春名風花さんによると、

春名風花さん基本的にプロフィールを聞く機会って少ないんじゃないかな。世間話の練習になって楽しかったです」

平田オリザさん「意外と同じクラスでも、知らないことって多いと思います。好きなことをさらけ出すのって勇気がいるんですよね。」

確かに、いきなり好きなタレントや好きな歌手を聞いても言わなかったり、言えなかったりするけど、こういうワークショップを続けていくうちに、自然と声が出るようになり、積極的になれますね。いきなり「自己紹介」だったり、「行きたい国はどこですか」と聞かれるより、すごく自然に自分の意見を出せたなぁと。

・春名風花さんの「僕」という一人称について

ここからは春名風花さんの「僕」という一人称についてです。

女性の一人称って、「私」しかない。男性は、「俺」「僕」「私」と色々な使い分けができるけど、男性が「私」を使うときは改まった場。その中で、目上の方や、同じ世代の方にも使えるのが「僕」という一人称だったとのこと。

また、弟さんも「俺」「僕」「私」以外の一人称を使っているそうです。

平田オリザさんこれは難しい問題で、日本語は、世界でもっともジェンダーギャップが大きいんです。」

これについて、最近の例では看護師さんが、高齢の男性と接するときに「子供扱いされた!!」というクレームがくることが多いらしい。

子供をあやすような言葉を何故使うかというと、日本語の歴史の中で、女性が男性に指示する言葉は、お母さんが子供に指示するような言葉しかなかったそうです。これが社会の変革と共に必要になったけど、肝心の言語が追いつかなかった。

別の例で、男性上司が男性部下に「これコピーとっとけよ」といったら、ちょっときつい言葉にだけど、女性上司が男性部下に「これコピーとっとけよ」と言ったら、めちゃくちゃきつい言葉になる。これも言葉の混迷期だからみたいです。

平田オリザさん「言葉というものは、社会の変化から、50年くらい遅れるもので、今は産みの苦しみにいます。その中で俳優さんやカッコイイ女性が出てきて、違和感のない日本語を話し始めて、定着していくんじゃないかな」

まだまだ言葉の混迷期であるというお話でもありました。

この後、「ちゃん」付けの話なども話題に。

例えば、背の小さな子を呼ぶときに「~さん」じゃなくて、「~ちゃん」と呼ぶことについて、全然悪気なくても、つい子ども扱いすることがあって、それを聞いた本人が本当は快く思ってないこともあったりするケースもあるよ~と。

平田オリザさんの話では、春名風花さんみたいな格好良い女性が少しずつ言葉を変えていくのかもと。

・いじめとキャラクターとコミュニケーションについての話。

いじめとコミュニケーションについてのお話もなかなか深い。なぜいじめが発生するのか、そしていじめと密接なスクールカーストと、逆転のチャンス、コミュニケーションの学び方について。

春名風花さんの考えでは、いじめ対策に、学校のクラスを無くそうという話。クラスは、見ず知らずの他人が集められて「仲良くしましょう」というシステム。だけど、結構無理がでちゃう。でもクラスじゃなくて、学校全体で観れば仲良くできる人はいるかもしれない。だからクラスを無くしてほしいとのこと。

もう一つの考えは演劇の授業をたくさんやってほしい。演劇の授業が、クラスという人間関係で勝手に作られたキャラを変えるきっかけになるんじゃないかなと。

これに対して平田オリザさんは「スクールカースト」という言葉自体が一般化したせいもある。でも、演劇教育は、普段目立たない子が目だったり、スクールカーストから逆転のチャンスでもあるとのこと。

また、最近のキャラクターの固定化についても平田オリザさんは言っていました。

・キャラクターの固定化について

平田オリザさんいわく、いじめ問題は昔からあったけど、学校では学校の自分、公園に行ったら公園でガキ大将の子分の自分、家に帰ったら兄弟と触れ合う自分という、いくつかのキャラがあった。いくつかのキャラを経て人格が形成されるのに、LINEなどでずっとつながっているため、キャラクターが固定化されて、キャラ疲れが起きるとのこと。

春名風花さんの意見は、家族でも、ずっといたら嫌と思うことがある。なのに学校のクラスのような、他人とずっと一緒にいなきゃいけない場所があって、そのストレスが結構大きい。だから高校デビューみたいなキャラ変が流行ったとのこと。

キャラ変じゃなくて、真似から入るのもいいんじゃないかなという意見がありました。

春名風花さん「イベントとかで、喋るのが得意じゃなかったんですけど、こういう時に、色々な芸人さんが喋っていることの真似から入っていくので、普段の日常生活の自分を作るのも、他人の真似から入っていくと思うんです」

平田オリザさん日本では「演じる」=「自分を偽る」みたいに言われるんですよね。色んなキャラを演じるのは楽しいんですが「本当の自分をみつけなさい」って言われるから、追い詰められちゃう。」

そのあとの春名風花さんの意見をまとめると

「本当の自分」なんて無くて。色々な大人の人と交流して、色々な人間像を手に入れる大切さに気付いた。そしてお芝居に出会って、舞台が楽しいってなということにつながっていく。

春名風花さん「人間って見た事、聞いた事レベルの話考えないけど、体験したときのことはすごく考えると思うんです。お芝居って、その戯曲を「どうやったら伝わるか」を考えているからすごく詳しくなるんです」

・コミュニケ―ションをどう学ぶか。

コミュニケーションについて、平田オリザさんの意見では、学ぶものじゃないということのが大切とのこと。昔あったお祭りみたいなものは、ある年齢になると通過儀礼のように参加して、適度に大人と接触して、段々と成長していく。そういうものは演劇によく似ていた。ところが、社会の近代化とともにそういった部分は崩れてしまった。そのため、欧米では、代わりに演劇教育やコミュニケーション教育を学校教育に入れているんだ とのこと。

一方で日本はコミュニケーションを「実践で身に着けた」と言う人が多い。でも、さっき言ったように、少子化で通過儀礼的なものが崩れてきた。「実践の場」が無くなっているのに、「実践で身に着けた」という矛盾。それを解消するために演劇を学校教育でやらざるを得ない。

平田オリザさん「よく、演劇は苦手な人がいるからやめましょうと言われるんですが、そうなると音楽や美術はどうなるんだろうと考えてしまいます。苦手だから克服するためにやるのではないかな。」

春名風花さん演劇教育というと、すごい抵抗感があるんです。セリフをちゃんと言わないと怒られないかとか」

平田オリザさんの話では、演劇教育って、いきなり高度なことを要求されているように見えるけど、そうではなく、遊びの中で友達と一緒に何かを作って拍手を受けるようなことで良いし、そういった体験が重要。

確かに演劇教育というと敷居が高く感じます。でも、普段の自分と違う立場になってみたりすることもお芝居。発表しなくても演じるだけでもお芝居なので、演劇への敷居の高さをなんとかしたいとのこと。

・いじめと演劇教育について

ここからは、いじめに対して、演劇教育がどう作用していくかを平田オリザさんが語ってくれています。同時にアクティブラーニング(能動的に学ぶこと)と演劇の関係性についても凄く大切なことを言ってました。

平田オリザさんの意見では、役を演じる時、普段、自分は人を殺めないけど、殺めるとしたら、どういう時だろうと考えて、自分の人格と演じる人格の中で共有できるところを手掛かりにしていくのが役に近づいていくそうです。

この役に近づく行為と、いじめられている側の気持ちを理解する行為には共通点があるそうです。いじめられた気持ちを知るために、「あの時いじめた彼は、あの時いじめられた自分と同じ気持ちだったかもしれない」という気付きを与えるのが良いそうです。

「違うよ」って言われるかもしれないけど、そうなったら「どう違うのか」という議論にもつながる。

そのすり合わせをやっていくことが、いじめが出にくい環境になっていくんじゃないかなと。演劇教育は漢方薬のようにじんわり利いてくるそうです。

また、春名風花さんの意見では、ロールプレイをするときに、「ここまではフィクションです」という線引きとフィクション性が重要とのこと。

平田オリザさん「いじめのロールプレイって、ある種のフィクション性がないとうまくいかなくて、逆に追体験させようとするからトラウマになっちゃうんですね。」

・フィクション性と議論について

ここからは、フィクション性とアクティブラーニング(能動的な学習)についてのお話。

平田オリザさんいわく、日本でアクティブラーニングなどで議論させようとすると、同調圧力が強いから、先生が持っている「正解」をどうにかして当てようって流れになってしまうらしい。

そのために、「正解」を当てるのではなく、意見が分かれてきちんとした議論にするために、演劇的な要素を入れるそうです。

授業などで、「今日は嘘ついていい時間だよ」って言いながら、議論をしたりすると結構盛り上がるらしい

平田オリザさん「余談ですが、嘘の件で、生徒に今日は嘘をついていいよというと、顔を上げるんです。ところが、まじめな先生がどうしても「嘘をついていい」と言えなかったので、「今日の授業は本当のことを言わなくていいよ」って言ったんです。これ聞いてすごい優秀だなっておもいました。」

・演劇教育のために日本に必要なもの

ここまでメリットをたくさん語ってきた演劇教育ですが、それを実行するうえで、日本に不足しているものは何なのかというお話でした。

・演劇教育の難しい部分

平田オリザさんの話では、演劇のワークショップでは、きわどい発言が出た時にどこで止めるかっていう問題があるとのこと。

例えば、設定を自分たちで決める場合、観光客という設定は良いけど、窃盗団という設定はNGかも。そういうのをどう伝えるか。でも下手に止めるとよろしくないし、力量が問われてとても難しい。

教員の意見によっても、こういった意見は分かれると思う。でも、そういうことを教員の方が考えるのも大切なこと。しかし教育現場だと、トラブル回避のためにそういったこと自体が好まれなかったりする。

春名風花さんの意見では、先生が教える側で、生徒が聞く側っていうシステムについて。教えるという形より、一緒に考えるという先生のほうが信頼できたとのこと。

・演劇教育をするうえで、日本に足りない部分

平田オリザさんの話では関係が日本の教育に「観る、観られる」という関係が少ない。また設備が整っていない。体育館など寒い中で体育座りして何時間も発表を見ていると、それだけで大きな負担になる。

一方で欧米の小学校には、椅子のついたシアターがあるそうです。そういう場があれば、気軽に発表を見たり、発表して拍手される関係ができる。そういう経験が大事。そのために色んな自治体で、「できれば劇場を作ってください」と言っているそうです。

平田オリザさん例えばアメリカの大学の学生は、研究に煮詰まると、本物のピカソなどを見て心を慰めるんです。日本だと、大学にそういう心を慰める場所が無いんです。日本では、心を鍛えるところが少ないんです。それで兵庫県に大学を作るんです。」

以前のブログで調べた国際観光芸術専門職大学についても語ってくれました。

でも言われてみれば、教育機関に併設された「劇場」ってあまり見ないなぁと。

・ネット世界とのかかわり方について

ここからは、ソーシャルも含めたネットとどう関係していくかの話です。

春名風花さんの話では、ネットというのは使い方次第。例えば、現実世界で居場所が無くても、ネットの世界では居場所があったり、海外の人とつながることもできたり。でも学校教育では「ネットは怖いものでもあるのでフィルタリングをかけて」と。

平田オリザさんの意見ではネットが弾圧されそうになっても、自動車と一緒で、絶対になくならないものかなと。

そして、ネットがどんどん進化しても、人の本質はあんまり変わらないんじゃないかなということでした。

なぜなら、新しいコミュニケーション手段が出来て、便利になっても、人間は二つ同時に喋ったり、二つ同時に聞けなかったりと体の限界があるので。

・学校のシステムを変えるには。

春名風花さんの話では、世界で一番嫌いな人間がいたとして、その後ろには母親、父親、親戚、友達がいて、その人たちまで嫌いかどうか。いじめをすることで、すべてのつながりを傷つけるのは重い罪ではないか。学校では、心の底から「仲良くしましょう」求めてくるが、そういったことは難しい。

平田オリザさんの意見では、全部理解しようとするのではなく、部分理解が大切。相手を全面的に説得ではなく、部分的に受け入れることで、信頼を得ることが大切とのこと。

また、春名さんは学校の制度について、「クラスを無くすこと」「演劇を取り入れること」「固定担任制の廃止」ということが、いじめの防止につながるのではないか、また、「いじめは犯罪」と言ってしまうと、法に触れないいじめを肯定してしまう怖さについても語ってくれました。

・演劇と学力について

演劇と学力について、平田オリザさんから、とても重要なお話を聞けました!!

平田オリザさん「貧困層の学力が高い方を追跡調査すると、人の話を聞く、自分の意見をキチっと伝える、クラスや何かのイベントで達成感が高いという結果が出たんです。」

この3要素がまさに演劇に備わっているものそのもので、演劇教育が導入されれば、貧困層でも塾に行かずに基礎学力の向上につながるんじゃないかなという素敵な話です!!

ただ、平田オリザさんから、「なぜそうなるか」はわかってないとのこと。でも本当にそうであれば、とても夢のある話!!

・質疑応答

最後は質疑応答タイムだったので、僕も質問。

すごく効果的な演劇教育が、学校の中に取り入れられなかったのはなぜだろうかと聞いてみました。

平田オリザさん

「明治期に学校制度ができたんですが、最先端を取り入れたときに、演劇がまだなかった。」

「当時は戦争というものがあったので、音楽は士気を高めるために、美術は図面を書くために役立つのですが、演劇はそういった部分に良い影響を与えなかったので、取り入れられなかった。」

「あとは歴史の古い国ほど教育改革が遅れます。採択の問題。使ってもらわないと意味がない、この採択の権限を上の方がもっているわけで、どうしても今まで使っていたものを優先してしまうので、改革が遅れてしまうんです。」

なるほど~と納得してしまった・・そんなバックグラウンドがあったとは。

今回参加して、演劇やいじめ、そして演劇教育についての話を2時間たっぷりと聞きました。ものすごく深い話しばかりで、あっという間の2時間でした!!またこんな対談があったらぜひとも行きたい!!

ちなみに今回のお2人の本はこちらです。

春名風花さん

いじめてるきみへ

平田オリザさん

わかりあえないことから

下り坂をそろそろと下る

 

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