1974年に唐十郎氏がご自身主宰の劇団「状況劇場」に書き下ろしたこの作品。2003年には、演出の金守珍さん主宰の劇団新宿梁山泊でも上演されています。ちなみにその時のエリカ役は、シナリオクラブでも時々メンターをしている近藤結宥花さんでした。
金守珍さんと言えば、清家さんもいた「蜷川スタジオ」に所属した後、唐さんの状況劇場にもいたことがある方。つまり、蜷川イズムと唐イズム両方を受け継ぐ方であって、2016年、蜷川さんが演出するはずだった「ビニールの城(唐十郎作)」は、もともと俳優として出演予定だったのが、急きょ演出も担当することになったこともありました。
窪田正孝さんは、6年振りの舞台にして、またまた唐十郎作品。6年前は「唐版 滝の白糸」で、演出は蜷川さん、共演は大空祐飛さん(この方も元宝塚の方ですね)と、平幹二朗さん。その役は若き藤原竜也さん、もっと前には岡本健一さんも挑戦された作品でもありました。
とまあ、この公演にはそのような系譜があり、思い入れもあり、蜷川作品常連の六平直政さんや石井愃一さんのお名前もあって、観る前からとても期待値が高くって、それゆえ期待裏切られたらどうしよう、という不安もあったのですが…
そんな不安は吹き飛んで、文句なく面白かったです!
演出の金さんが、唐さんの戯曲は現代歌舞伎であり、この作品はファンタジック・ホラーと評してますが、まさにそんな感じでしょう。例えるなら、ディズニーシーの「タワー・オブ・テラー」は落下系アトラクションですが、落下が途中止まって、身体がふわっとする瞬間、眼前に広がる景色の美しさに心を奪われる。それを脳内でやられる感じ、かな。
唐さんのストーリーは、いつも時空を飛躍したりしますけど、今回のは、宮沢賢治の「風の又三郎」、ギリシャ悲劇、シェイクスピアの「ヴェニスの商人」がベースにあって、ともに文学や演劇の王道なので、「知ってる知ってる」「わかるわかる」と安心感を持たせておいて、急に唐さんの妄想世界に入って迷宮入りさせられたりする。
またある時は、乱腐・淫腐・珍腐という変な名前の三腐人が、新喜劇かのような馬鹿馬鹿しい笑わせる芝居で煙に巻いておいて、また急に恐怖の世界に突き落されたり。
そうやってライトにもヘビーにも、常時感情をかき乱されるから余計に、ロマンティックな、詩的な、情感たっぷりなセリフや芝居や歌に、いつのまにか酔いしれてしまうんですね。残酷なシーンも「美しい…」と思わされたり。
セリフ量も情報量も圧倒的で、「詩の洪水」のようで、立ち止まって考えちゃうとたぶん迷子になるけれど、理解しようとするんじゃなく、流れにまかせ感じるままに、がおすすめです。だって理解不能ですもん(笑)
公演プログラム(1,600円)買ってきました。唐さん作品とかアングラ初挑戦な柚希礼音さんもおっしゃっていました。台本を初めて読んだときは「どうしよう、まったくわからない(笑)」だったと。まあ、そうでしょう。そこは、金さんとか六平さんとか、唐戯曲をよく知るベテラン勢からいろいろアドバイスをもらい、だんだんと、この美しく素晴らしい言葉をお客様に届けたい、ってなっていったみたいです。
実際に観た柚希礼音さんは、実に堂々と演じていらっしゃいました。そもそも唐さん作品のヒロインは、歌えて踊れて、男装の麗人が似合って…と宝塚向きな要素が多いわけです。ただ、シェイクスピアに出てくるヒロインも、愛する人のために男装してまで尽くしちゃう健気な女の子なわけで、男っぽい女性というわけではありません。しかも男装してても色気がダダ漏れしちゃってウブな男を翻弄するのが唐さん的ヒロイン像かなと思うので、かつて男役をやってきた方はどうなんだろう、というのもありましたが、柚希さん、よかったです。
柚希さんは金さんから、エリカは、ジュリエットとマクベス夫人と合わせたような役、とレクチャーされたそうです。一途さと、目的達成のための執念深さや計算高さ。やりがいあったろうなあ。キレッキレのタンゴも、ハスキーで伸びる歌声もまた素晴らしかったです。
織部を演じた窪田正孝さんは、6年振り2度目の唐戯曲だったけれど、「わからなさを楽しみたい」みたいなことを言っていて、なんてチャレンジャーと思いました。けど、ガラスのように壊れやすい繊細な織部を、繊細かつダイナミックに演じていらっしゃいました。前回の「滝の白糸」の時も思ったのですが、目つきがキッと変わるのがいい。現実と妄想の間で、心が壊れそうになる演技が超エモい。また、初めて見るものや、初めて知ることの、発見したり初体験する演技が、少年というかまるで子どものようで自然。そういう純粋さが儚さともなって、織部に生命を吹き込んでいたように思います。
この主演のお二人を盛り上げていたのが、ベテラン勢。蜷川さん、唐さんとたくさんお仕事をされてきた金さん、六平さん、石井さん。さらに、つかこうへいさんの舞台で鍛えられた風間杜夫さんと山崎銀之丞さん。この方々の熟練の技々が舞台と客席とをつなぐ太いガイドロープとなって、しっかり舞台を引っ張ってくれていました。
またさらに、北村有起哉さんや丸山智己さんといった中堅勢。ともに唐作品初参加というこのお二人ですが、アングラ芝居を楽しみつつ、その暴走しがちなベテラン勢とフレッシュな若手組を、いい感じのバランス感覚でしっかり結んでいたのがよかったです。お二人とも声もいいし。
そして、唐十郎氏の実の娘さんである大鶴美仁音さんは、なんていうか、紅テント感をがっつり感じさせてくれましたし、骨太でスパイシーでした。
役者陣の個性も強烈なものがありましたが、宇野亜喜良さんの衣裳も素敵でした。白で統一された宣伝用の衣裳も素敵でしたよね。
音楽や照明も、めちゃくちゃ主張してた! 音響さんと照明さんは大変だったことと思いますが、決して演技の邪魔にはなってなく。激しい主張、嫌いじゃないです。
とにかく、感覚で観たので文章にするのが非常に難しいのですが。悲しくてとか、嬉しくて流す涙と違って、なんだかワーっとこみ上げてくる涙が止まらない、みたいな。そして、あー、観たかったのはこんな舞台だったんだ! と思える、そんな舞台でした。