わたくしも何度か足を運んだこの青年座劇場、この作品をもって改修のため、一時閉館だそうです。
青年座はその節目となる公演に、何をもってくるのかしら、と思っていたところ、「てがみ座」の長田育恵さん作、宮田慶子さん演出とのことでした。井上ひさしさんの後継者とも呼ばれる長田さんの作品は、いつか観ておきたかったので、青年座で観られるなんて嬉しい!
セットは、古代神殿の遺跡を思わせる柱、壁面にはたくさんの油絵、上手には病院のベッド、下手には絵画修復のための研究室、下手奥にはオフィスのテーブル。場の転換は照明を使って、ある時は病院、ある時は画廊のオフィス、ある時はパリのアパルトマン、ある時はルーブル美術館の修復室、そしてエーゲ海のサモトラキ島――というように次々と変化します。また、中央のアパルトマンのセットは、回転舞台となっていて、時間経過も表現! 日本、フランス、ギリシャ、とグローバルに展開し、さらには過去と現在も交錯していくこの物語を、このコンパクトな舞台でうまく見せる演出だなー、感心しきりでした。
過去に観たことのある青年座の作品は、家族ものが多く、わりと狭い空間(とか社会)のなかで物語が繰り広げられるものが多かったのですが、今回は大きな世界感のお話でした。
この作品のテーマは「母娘の確執」。母親の美沙子(増子倭文江さん)は大企業の女社長。何とか自分の一人娘である理沙(那須凛さん)に後を継がせようとしているが、理沙は、強引で傲慢な母親の美沙子に反発し、美術修復の仕事で身を立てようとしている。でも、本当は修復していたのは絵画ではなくて、家族の絆だった!
修復とは、時代を遡って過去の痕跡をたどり、創作の原点を明らかにすること。
タイトルの「ニケ」は、ルーブル美術館のミロのヴィーナスと並ぶ有名な彫像、サモトラケのニケ。ニケは、ギリシャ神話に出てくる勝利の女神で、ナイキの語源としても有名。この作品のチラシにも使われています。この「ニケ」という言葉には、母娘にとってとても重要なキーワードが隠されています。
過去を遡っていくにつれ、謎が謎を呼ぶミステリー要素があり、終盤に差しかかると、伏線がどんどん回収されていくという、よき台本のお手本です。
なぜ母親の美沙子はシングルマザーとなったのか? なぜ母娘の確執があったのか? 絵に隠されていた謎とは? 絵に隠されていた本当の意味を探るため、終着点のサモトラキ島へ――。
皆さん、演技達者な方たちばかりで、見入ってしまいました。特に、増子さんは観るたびに、いつも違った人物像を演じていて、今回の美沙子役も現在のやり手女社長と、過去の自由奔放なお嬢様を見事に演じわけています。最初はヤな感じなんですけど、だんだん愛すべき人柄へと変化しちゃって、私はまんまと術中にはまってしまいました。で、最後は涙腺崩壊となりました。
加賀谷役の綱島郷太郎さんは、ワイルドで、絵の才能は超一流、人に対してはストレートな愛情表現っていう、色気むんむんの画家さんでした。ただほんのちょっと、美沙子さんとラブラブなシーンで暗転になったとき、すぐ離れちゃったところが惜しかった・・・。いえ、暗転なのでいいんですけどね、いいんですけどねー、少しだけ現実に引き戻されちゃいましたかねー。
以前「からゆきさん」で、石母田史朗さんが七之助役で、松葉杖をついていたとき、暗転になっても松葉杖で退場していて、やっぱ青年座さんはさすがだわー、スゴイわー、って感心したりしたものですから。
あえてそういう余韻を残さない演出だったとしたら、綱島さんに申し訳ないです・・。
わたくし、暗転直前と直後には、ちょっとこだわりが。笑
終演し、カーテンコールの拍手にはとても温かみが感じられました。わたくしと同じように、今日この劇場とお別れの方も多かったと思います。役者さんたちが舞台から去り、客席が明るくなっても、席を立たない方が多数いました。まるでお別れを惜しんでいるかのようでした。なんか、ジーンとしてしまいましたよ。青年座劇場さん、今日も、そして今までも、たくさんの感動をありがとうございました。