イプセンの名作「民衆の敵」。演出はジョナサン・マンビィ。
2年前、同じシアターコクーンで、アーサー・ミラーの「るつぼ」を手掛けた時から、次に堤真一さんとやるのはこの作品と決めていたとのこと。
まず、公式のあらすじは概要にも書いてある通りです。
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/18_people/#story
「るつぼ」も宗教絡みで胸が苦しくなるようなテーマだったけれど、今回の作品も水質汚染という「公害問題」という重いテーマ。だけど、その中で、その立場に立たされた時、人はどう思い、どう行動するか、を見比べ考えさせる、とっても興味深い人間ドラマです。
新聞の劇評に「喜劇」ってあって(イプセン自身も喜劇と捉えていた)、ああ、そうか、喜劇だったんだ、と今これを書くにあたって、しみじみと噛みしめてます。
観てる時は、今の世の中でも、例えば何かを隠ぺいしたニュースとか、とっても通ずるものがあるな、と思って観てました。
とにかく、どの立場で観るかによって、面白さが倍増します!
堤真一さん演じるトマス。温泉の汚染の事実を知り、町のためにと公表しようとする。さらに、周りから持ち上げられ、正義のヒーロー気分で舞い上がっちゃう。事実を見つけたオレすごい、みたいな感じに。そんなんだから民衆がついてこない。孤立してなお、正義を振りかざし、暴走が止まらなくなっていく。この、後戻りできない感、もどかしくて、もうヒリヒリ感じさせてくれて、お見事でした。
段田安則さん。トマスの兄であり、市長であるペテル。温泉は、今や町の貴重な観光資源。配管し直しとなると、膨大な予算もさることながら、温泉の町としての評判は地に落ちる。ペテルは、トマスよりは視野が広いんだろうけど、そんな隠ぺいの仕方で大丈夫?って、この町のことが心配になっちゃうくらい、もみ消そうとする。町を守るんだという大義だけでなく、自分の立場や生活をなんとしても守りたいという気持ちが見え見えで、また上手い。知的で、人なつこそうで実は腹黒そうなところ、段田さんハマってました。
谷原章介さん。「民衆の声」という新聞社のホヴスタ。谷原さんの舞台は初めて拝見しましたが、声もいいし、堤さんとの対決も華があって、舞台映えする方なのねと思いました。ジャーナリズムと、新聞社の存続とのはざまの葛藤も、後半民衆に迎合し、「我こそ民衆の代弁者」気取りな、嫌らしい感じも、よかったです。
大鷹明良さん。印刷屋のアスラクセン。トマスをけしかけた一人だったくせに、負担が自分たちにのしかかってくるとわかるや、コロッと裏切っちゃう。「穏便に」が口ぐせな割に、変わり身が早い。でも、自分の利益不利益に敏感な小市民感で、なんだか共感。
安蘭けいさん。トマスの妻カトリーネ。家族を守るため、はじめは公表を阻止しようとするが、民衆が敵に回ってしまい、トマスが孤立すると、「私しかいないわ!」とばかりトマスを支える立場に。
こういった敵味方の逆転が、この物語の見どころ。このへんが喜劇と称される所以かもしれません。圧倒的なセリフ量で主義主張を交わし合うなかで、強引な展開もあって面白い。観てる時はハラハラしながらその展開に翻弄されることになりますが。
聡明そうで芯が強そうな安蘭さんにより、カトリーネ像がくっきり浮かび上がりました。
木場勝己さん。船長のホルステル。家族以外での唯一の味方。けれどトマスの側につくことによって職も失うこととなり、この芝居のなかでは、いちばんいい人に見える。でも。果たしてそうだったのか。生活の大部分は海の上。民衆たちと違い、温泉による恩恵は受けていないなら、冷静でいられて当然だった? この町をどこか俯瞰で見てる感が、演出も含め、とてもよかった。
外山誠二さん。トマスの妻カトリーネの父親で、水質汚染の張本人、製革工場を経営するモルテン。
外山さんとは直接お話したのですが、日本にも屠殺とかの仕事に対して差別意識があったように、このモルテンもずっと虐げられて生きてきたのではないか、とモルテンのバックグラウンドを考えて役作りに活かされてたようでした。それでも代々受け継がれてきた工場を守らねばならないから、偏屈と思われようと、歯をくいしばって生きてきた。それに孫の代まで悪名を残したくないはず。
胡散くさく、存在感バツグンの外山さんだったけれど、このお話を聞いたら、モルテンがちょっと好きなっちゃいそうでした。
この芝居の、もう一つの主役「民衆」。大変いい仕事されてました。時に、立ちこめる不穏な空気をダンスで表現していたり、さいたまゴールドシアターの方々もいらっしゃいましたが、絶望感や焦燥や怒りが、情熱的かつスタイリッシュに主張してきました。
外山さんいわく、蜷川さんの作品も多数ご覧になってるというジョナサン・マンビィさん。群衆の一人ひとりにテーマが見える群衆使いに、蜷川さんの演出を彷彿とさせ、胸熱でした。
もう一つ、蜷川さんっぽかったのが、主張する音楽。選曲もぽかった。不安を煽るのがわかりやすくって、大げさで、初めて観る人に優しい。いや、わかりやす過ぎの演出は好きではないのですが、難しく重いテーマのこの作品には、とても合ってると感じました。
セットもよかった。部屋を取り囲む、むき出しの配管。海沿いの北国の寒々しさと、配管し直さなければ、町が危機的状況に陥るという怖さ。このセット全体を一人の人間に例えると、血管にも見えて。
場面転換は、暗転なしに、ダンスしながらスタイリッシュに民衆たちが行なう。息詰まる展開に、暗転は不要ということなのでしょうが、休憩なし2時間15分は、個人的にはちょっとキツかったかも。いや、自分の集中力のなさのせいなんですけど。
でも、観終わった後、すぐまた観たいと思いました。ちなみに、この水質問題は何も解決しません。勧善懲悪ではないから、ちょっと気持ち悪さみたいなものが残り、じわじわと後をひく作品。1回めは筋を追いながら観たから、次は、人物一人ひとり、役名がついてる「民衆」にもスポットを当てたり、セリフの裏側をもっと感じながら観てみたいな、と思わせる作品でした。